New Food Industry 2011年 7月号

トランス脂肪酸と心疾患:問題点を探る

菅野 道廣

食品中の脂肪酸として,トランス脂肪酸(トランス酸)は心疾患に対する最も危険な因子とみなされている。心疾患の危険指標に及ぼす影響を検討した介入試験の結果から,トランス酸は飽和脂肪酸よりも著しく血清コレステロール(Chol)像を悪化し,摂取量に依存してLDL-Cholを増加させるだけでなく,HDL-Cholの低下をも引き起こして,動脈硬化の重大な危険指標であるLDL-/HDL-Chol比を上昇させ,さらには血液中のLp(a)やsmall LDL,トリグリセリド,さらには種々の炎症マーカーの増加をももたらし,冠動脈心疾患のリスクを顕著に高める可能性が観察されている1, 2)。疫学研究の結果もトランス酸が冠動脈心疾患発症のリスクを高めることを指摘しており,摂取量がエネルギー比で2%増す毎に心疾患の発症は23%増すとも言われている。最近,飽和脂肪酸と心疾患との関係についての通説を覆しかねない知見が報告され3, 4),トランス酸は一段と悪者視される環境にある。ただし,トランス酸の心疾患に及ぼす危険度は決して高いものではなく(疫学研究においてエネルギー比で2%以上のトランス酸を摂取した場合の相対リスク比は1.2程度),喫煙の影響などと比べるとかなり低いことも知っておくべきである。

クマザサ抽出液(ササヘルス)の口内炎治療効果の可能性:培養ヒト歯肉線維芽細胞による炎症性サイトカイン産生の抑制
Possible anti-stomatitis activity of Sasa senanensis Rehder extract – Inhibition of pro-inflammatory cytokine production in activated human gingival fibroblasts

坂上  宏、岩本 祥子、松田 友彦、北嶋 まどか、大泉 浩史、大泉 高明

We investigated here whether alkaline extract of Sasa senanensis Rehder (SE) can inhibit pro-inflammatory cytokine production by activated human gingival fibroblast (HGF). HGF cells were established from the periodontal tissues of the first premolar extracted tooth in the lower jaw. Interleukin (IL)-1β did not inhibit, but rather slightly stimulated the growth of HGF cells. IL-1β stimulated the production of PGE2, IL-6, IL-8 and monocyte chemotactic protein-1 very potently, but not that of nitric oxide and tumor necrosis factor-α. Native LPS and synthetic lipid A from E. coli and P. gingivalis was much less stimulatory. Dexamethasone, not indomethacin, was an efficient inhibitor of IL-8 production. SE significantly inhibited the IL-8 production, without affecting the cell viability. The present study provides the evidence for the anti-stomatitis activity of SE.

本邦の山岳地帯等に多く自生するクマ笹およびその近縁植物の葉は,薬用植物として中国の漢方生薬古典である『本草綱目』に「箬(じゃく)」として記載されている。『本草綱目』では吐血,衄血(じくけつ),喀血,下血に効あり,排尿,肺気,喉痺(こうひ)を利し,癕腫(ようしゅ)を消すとの記載がみられる。また本邦における民間薬を収載した『和方一万方』『掌中妙薬集』『諸病薬記』などにも,口臭,血の道,たむしなどに対する効用が記載されている。
 株式会社大和生物研究所(本社:神奈川県川崎市)はこのクマ笹に着目し,クマ笹を原料とした製品群の製造・販売を行う傍ら,成分研究や基礎研究を行っている。主力商品であるクマ笹の葉を原料とした「ササヘルス」は,疲労回復,食欲不振,口臭,体臭除去,口内炎の効能効果を持つ医薬品として,昭和44年に厚生労働省(当時厚生省)より認可を受けたものである。今回,効能効果の一つである口内炎について新たな治療効果の可能性を追求すべく,研究を行った。

クマザサ抽出液(ササヘルス)及びluteolin配糖体の紫外線に対する細胞保護効果
Cytoprotective activity of Sasa senanensis Rehder extract and luteolin glycosides against UV-induced injury

松田 友彦、北嶋 まどか、大泉 浩史、大泉 高明、坂上  宏

Alkaline extract of the leaves of Sasa senanensis Rehder showed potent cytoprotective activity against UV-induced injury, and its effect was synergistically enhanced in the presence of vitamin C. Luteolin 6-C-glucoside, luteolin 7-O-glucoside and luteolin 6-C-arabinoside showed slightly lower, but comparable cytoprotective activity with gallic acid and epigallocatechin gallate. These results suggest that Sasa senanensis Rehder extract may slow down the light-induced aging and the incidence of skin cancer.

ササは,イネ科のタケ亜科に属する植物であり,日本では健康食品素材や医薬品,お茶として利用されている。クマイザサ(Sasa senanensis Rehder)またはその他近縁植物のクマザサ属 (Sasa albo-marginata Makino et Shibata)葉のアルカリ抽出であるササヘルス(大和生物研究所)(写真1)は,OTCとして入手可能な第3類医薬品であり,疲労回復,食欲不振,口臭,体臭除去,口内炎に効能を示す。これまで,ササ抽出物の多彩な生物作用が報告されている1〜18) (表1)。我々は,ササヘルスが卓越した抗ウイルス活性やビタミンCの細胞傷害活性・ラジカル強度を増強するといったリグニン様活性を示すことを報告した14)(表1)。最近,我々は,ササヘルスが紫外線誘発性細胞死から細胞を防御する活性(以下,抗UV活性という)を示すこと17),そして,クマイザサ葉より精製された4種のフラボノイドが抗酸化活性を有することを報告した18)。

魚類の細菌感染症に対するブドウ種子抽出物とβ-1,3/1,6-グルカンの予防効果

酒本 秀一、糟谷 健二

姿形や色など,所謂見た目も魚類の品質を規定する大きな要因のひとつである。養殖魚では海産魚,淡水魚を問わず鰭(特に尾鰭や背鰭)が丸く小さくなったり,殆ど無くなったりして見栄えが悪くなり,商品価値が低くなるのが大きな問題になっている。ニジマス(Onchorhynchus mykiss)も例外ではなく,一昔前には正常な形状の魚は市場への出荷価格が約550~600円/kg程度だったが,写真1に示すような鰭が損傷した魚(以後,鰭欠損症と称する)は50円程度安く取引されていた。この鰭欠損症の原因として,「飼育池が小さくて浅く,しかも3面コンクリート張りであるのが原因である」とか,「魚の飼育密度が高すぎて魚がお互いにぶつかり合い,鰭がスリ切れて無くなるのだ」とか,「鰭が弱い系統の魚がいて,この様な系統の魚は普通の飼育法を行っても鰭がスリ切れて無くなるのだ」とか,色々なことが言われていた。しかしながら,何れの説も信憑性が明確でなく,有効な対策を確立出来ていなかった。
 この様な状況であったので,鰭欠損症の原因を明らかにし,対策を確立出来れば産業上大きなメリットがあると考え,本研究を始めた。

企業を変えた驚くべきヒット食品 −「超熟」敷島製パン株式会社 −

田形 睆作

1998年(平成10年)に発売を開始した「超熟」は日本の製パン史上において,年間売上300億円以上という驚くべき販売金額を達成,その後,現在に至るまでその売上を維持継続している。2011年1月の食パンPOSデータ(表1)をみると,1位が敷島製パン『パスコ超熟6枚』シェア7.3%,2位がフジパン『フジパン本仕込食パン6枚』シェア4.0%,3位が敷島製パン『パスコ超熟5枚』シェア4.0%,更に,11位も『パスコ超熟8枚』シェア2.1%,12位『パスコ超熟4枚』シェア1.9%であり,ベスト20位までの総計は50.3%である。また,敷島製パン『パスコ超熟』の総計シェアは15.4%である。食パン市場年間2700億円と推定すると1月売り上げは約34億円と推定される。現時点でも”驚くべきヒット食品”である。
 「超熟」のような大型商品を開発し,育成するには第一に経営トップの熱い思いが重要である。その思いが全社の総力を結集し,一丸となって関係部門が行動し,その結果が売上目標を達成させたのである。では,どのような背景,どのような手法で「超熟」をヒットさせたのかを敷島製パン広報室に取材した。

特許明細書から見たクリーム類の技術戦略

宮部 正明


前稿1)では,特許明細書を技術文献情報として位置付けし,特許明細書から見た油脂結晶と食品について拙い技術情報であったと思うが纏めて報告した。
 本稿でも,特許明細書を技術文献情報として位置付けし,クリーム類について過去20年間の公開公報,公表公報,再公表公報(国際公開公報)を精査,精読することによって,クリーム類の技術開発,技術の利用に関する技術戦略について検討を試みることにする。

貴金属コロイドナノ粒子の新規合成法と高感度イムノクロマトグラフィーの開発

渡部 正利

ナノ粒子は1〜100 nmの粒子と定義されている。それらのうちでコロイドになるものをコロイドナノ粒子という。ここではコロイドはコロイドナノ粒子を意味する。図1に金コロイドの例を挙げた。140個の金原子が集まっても直径は1.3 nmにしかならない。直径50 nmの1個の粒子は350万個の金原子で構成される塊である。数 nmから50 nmぐらいの金ナノ粒子はワインレッドの色をしているし,銀ナノ粒子は黄色や灰色をしている.白金やパラジウムのナノ粒子は黒色である。これまではこれらのナノ粒子の物性はあまり知られていなかった。

ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第7回 南アジア―インドの都市部・農村部の事例2:乳菓

平田 昌弘

前号Vol.53 No.6に引き続き,インドの都市と農村での乳製品の種類とその製造法,そして,乳製品の利用のされ方について紹介する。本稿では,乳のみの乳製品に様々な添加物を付加して加工した「乳菓」を概説する。そして,インドの乳加工体系の特徴を分析し,複雑なインドの乳加工体系の本質に迫ってみたい。

エッセイ 伝える心・伝えたいもの —第五福龍丸 —

宮尾 茂雄

「キュリー夫人伝」を久しぶりに読み返した1)。粗末な実験室で,高温の鉱石を大釜で煮る抽出作業,分離されたラジウムが夜の実験室の暗がりのなかで青白く発光しているのを見て感動するキュリー夫妻の姿などは,改めて読んでも胸に迫る。今もキュリー夫人は理系女子の憧れでもある。マリー・キュリーのノーベル化学賞受賞(1911年)からちょうど100年,今年は世界化学年だそうだ。キュリー夫妻はウラン鉱石(ピッチブレンド)から1898年6月放射性物質ポロニウムを発見し,さらに12月にはより強い放射能を示すラジウムを発見した。しかし純粋なラジウムを結晶化し,原子量を決定するまでにはそれから数年にわたる困難な粘り強い実験室での作業が必要であった。1901年6月,ピエール・キュリーは自分の腕に生じたラジウムによる火傷などについて「ラジウム線の生理的作用」という論文を発表している1)。実験中に指先が硬くなったり,火傷のあとの皮膚がはげ落ちたり,長期間痛みが消えないなどの放射線による障害は研究の早い時期から知られていた。ピエール・キュリーは1905年のノーベル賞受賞講演の中で以下のように述べている。「人間は自然の秘密を知ってはたしてとくをするのだろうか,その秘密を利用できるほど人間は成熟しているのだろうか,それともこの知識はかれに有害なのではないだろうかと。(略)わたくしは,ノーベルとともに,人間は新しい発見から,悪よりもいっそう多くの善をひきだすであろうと考えるもののひとりであります1)。」
 それから40年の後,昭和20年8月に長崎,広島に原爆が投下された。昭和29年3月には南太平洋で操業中のマグロはえ縄漁船「第五福竜丸」が約160km離れた地点で行われた水素爆弾の実験により被曝し,多くの犠牲を生ずることとなった。「第五福竜丸」の事件当時,私は5歳で,母がマグロは当分食べられないといったこと,雨にあたらないよう,濡れたら髪を洗うようきつく言われたことなどを断片的に思い出す。しかし乗組員であった久保山愛吉さんが亡くなられたことは,記憶に鮮明に残っている。今回数年ぶりに東京都夢の島公園にある「第五福竜丸展示館」を訪れた(写真1)。

薬膳の知恵(58)

荒 勝俊

中医学には,「陰陽・五行学説」に基づいた独自の整体観があり,調和を重視する。即ち,人体も自然界の小宇宙として“陰”と“陽”が存在し,常に相互作用しバランスを保ちながら生命活動を営んでいるが,加齢に伴い陰陽のバランスが崩れる事で生理学的および形態学的な衰退現象が引き起こされる。即ち,人体も自然界の小宇宙として“陰”と“陽”が存在し,常に相互作用しバランスを保ちながら生命活動を営んでいるが,加齢によって陰陽のバランスが崩れる事で体内の各器官に色々な機能の低下が表われる。こうした老化は年をとるほど個人差が大きくなると言われており,養生によって老化の速度が随分変わってくると言われている。人は40歳が近づくと,1歳年を重ねるごとに機能が1%減退すると言われている事から,早い時期から老化予防を行う事が肝要である。
 中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,健康を獲得できると考えている。この気・血・津液は五臓六腑で作られたあと,経絡を通って全身に運ばれその働きを発揮する。老化は,これら気,血が減少する事で五臓六腑が養われず体全体の減退症状が見られ,老化現象を呈する。そこで,中医学の基礎概念に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った食養生法の“薬膳”を日常の生活に取り入れ,体の状態を改善する事で老化を遅らせる事が可能だと考えられている。

築地市場魚貝辞典(マアナゴ)

山田 和彦

東日本大震災から2週間ほどたったある日,築地市場を訪ねてみた。ふだん買出しのトラックで混雑している場内の駐車スペースには空きが目立ち,仲卸店舗の並ぶ通路にも人が少ない。仲卸店舗は通常どおり営業しており,春の魚が並んでいる。建物や施設には,被害がなかったようである。以前,場内にいたときに震度3ぐらいの地震に遭遇したことがある。築年齢の古い鉄骨がむき出しの屋根が壊れるのではないかと不安に駆られたが,ホコリがぱらぱらと落ちてきただけで,何事もなかった。今回も,その程度であったらしい。場内の方に伺うと,昔の建物は,今よりも堅牢に作られているから,と言っておられた。北海道や被災地以外の東北各地から送られてくる魚もあって,思ったほど魚自体は少なくなかった。しかし,保存の利かない生鮮食料品が売れないというのである。まだこのころは,計画停電が行われており,飲食店が正常な営業ができなかったり,自粛の風潮が大きな影を落としていた。4月に入って,首都圏の生活は震災前の状態に近いところまで戻りつつある。場内では,買出しも増えてきたが,まだ本来の状態までにはなっていないそうである。そんな中,仲卸のそこかしこに,被災地を応援するメッセージが張られていた。被災地の漁業と築地市場。大きなつながりを感じる。
 人々が奮闘する間にも,季節はめぐり夏が近づいてくる。今回はマアナゴを紹介する。