New Food Industry 2011年 1月号

カカオマスリグニン配糖体の新しい機能性を求めて

坂上 宏、前田 裕一、桜井 孝治

カカオ(学名Theobroma cacao)の木は,中南米を原産として,主に熱帯雨林で生育する。主たるカカオの生育地域は,西アフリカ,南米及び東南アジアである。カカオポッドと呼ばれる約20センチのラグビーボール状の実が幹や枝に直接なり,その中にパルプ状の果肉とともに30〜40粒のカカオ豆が入っている。カカオ豆に発酵,乾燥などの処理を加えることにより,カカオ特有の色合いや香気が生じるようになる。カカオ豆は胚乳と外皮(カカオハスク)に分けられ,胚乳はさらに加工されてカカオマスとなり,チョコレートやココアの原料として使用される(カカオの製造工程は,文献1の図1を参照)1)。日本チョコレート・ココア協会によると2008年は28,800トンのカカオ豆が輸入されており,222,120トンのチョコレートが生産されている。一方,カカオハスクは大部分廃棄処理されており,現在,その有効利用が望まれている。
 カカオについては,抗酸化作用2),抗動脈硬化作用3),抗菌作用4),抗ウイルス作用5)などの生物活性や,カテキン,エピカテキンやその重合体であるプロシアニジンB2,プロシアニジンC1,シンナムタンニンA26),あるいは食物繊維としてのリグニン7)などの成分分析が報告されている。

抗酸化剤および植物抽出液の紫外線に対する細胞保護作用

坂上 宏、植木 淳一、島田 亜希、小野 真那巳、菅藤 歌織、若林 英嗣、南部 俊之、嶋田 淳、牧 純、山本 正次、北嶋 まどか、大泉 浩史、大泉 高明、牧野 徹

紫外線は波長が可視光線より短く軟X線より長い不可視光線の電磁波であり,波長 380–200 nm の近紫外線,波長 200–10 nm の遠紫外線もしくは真空紫外線,波長 1–10 nmの極紫外線,極端紫外線に分けられる。また,人間の健康や環境への影響の観点から,UVA (400–315 nm),UVB(315–280 nm),UVC (280 nm 未満) に分けられることもある。太陽光の中には,UVA,UVB,UVCの波長の紫外線が含まれているが,そのうちUVA,UVBはオゾン層を通過して,地表に到達する。UVCは,物質による吸収が著しく,通常は大気を通過することができない。地表に到達する紫外線の99%がUVAである。
 紫外線は,殺菌消毒1),ビタミンDの合成2),生体に対しての血行や新陳代謝の促進,あるいは皮膚抵抗力の亢進など有益な作用を示す。しかし,紫外線は,活性酸素種(reactive oxygen species, ROS)を生成する。

大豆麹乳酸菌発酵液の抗酸化能:in vitro 研究

中山 雅晴、前沢 留美子、腰原 菜水

体内に於ける過剰な活性酸素の発生は動脈硬化,糖尿病,ガン等の疾病の原因の一つであると考えられ,その作用機序としては,活性酸素による脂質の酸化や遺伝子傷害等が考えられている1, 2)。日常生活に於いては,喫煙等の習慣が体内の活性酸素を増加させる一方で,普段摂取する食物の中には活性酸素消去能を持つものも多く,これらを積極的に摂取する事は上記疾病の予防に繋がる事が期待される3)。具体的には,茶や緑色野菜,果物等には,カテキンやケルセチン等のポリフェノール類やビタミンC等の抗酸化物質が含まれ4),味噌等の大豆発酵食品には,イソフラボン類や熟成過程で生じる褐色色素,いわゆるメラノイジン等の抗酸化物質を多く含む事が多数報告されている5,6,7)。
 大豆麹乳酸菌発酵液は,液体大豆麹,黒糖,米糠エキス,炭酸カルシウムよりなる培地に6種類の乳酸菌と1種類の酵母を接種して得られる培養液であり,その作製法並びに一般成分に関しては,以前に本誌上にて詳細に紹介した8)。製法を簡単に述べると,高圧加熱滅菌した10%大豆粉水溶液に麹菌を無菌的に接種し,30℃にて17日間振蕩培養して液体麹を作る。

納豆酵素の強力な血栓溶解能:ナットウキナーゼが有する基質特異性について

須見 洋行、内藤 佐和、矢田貝 智恵子、吉田 悦男、大杉 忠則、柳澤 泰任、丸山 眞杉、笹沼 隆史

伝統的発酵食品である納豆中にはユニークな酵素がある。1980年,シカゴで筆者らによって発見された血栓溶解酵素ナットウキナーゼである1-3)。当時はおそらく,大学最初の倫理委員会が開かれ,腸溶カプセルによる経口投与実験がなされた。それから約30年,ナットウキナーゼは健康食品(サプリメント)を目指して各種の企業がしのぎを削っている(図1)。しかし,忘れてならないのはその安全性の問題である。納豆はいうまでもなく食品であり,1,000年間以上食べられてきた日本人の文化でもあるが4),同じ「ナットウキナーゼ」にも怪しい物があることが分かってきた。
納豆の評価には年に1度開催される全納連全国納豆鑑評会があり,幸い筆者の須見は第1回目から現在まで15年選考委員を務めている。本著ではこの会で選ばれた食べて旨い最高の納豆商品の性質を,一般のプロテアーゼ類と比較してみた。

機能性材料としてのバクテリアセルロースゲル(ナタデココ)の利用

沼田 ゆかり

セルロースは地球上でもっとも豊富に存在する有機物であり,近年,環境問題への関心の高まりから,循環型社会の形成に貢献できる再生産可能な資源として注目を集めている。セルロースの中で,微生物によって産生されたものはバクテリアセルロース(Bacterial Cellulose, BCもしくはバイオセルロース)と呼ばれ,培地と大気の界面に約99 wt.%が水,約1 wt.%がセルロース繊維のヒドロゲルの状態で産生される1-2)。BCの特徴の1つとして,植物セルロースと比べ,約100分の1〜1000分の1という微細な繊維の三次元網目構造を持つことがあげられる3-4)。図1に示した割り箸(木材由来)とBCの電子顕微鏡(SEM)画像から繊維の違いが確認できる。BCはフィリピン発祥の伝統食品であり,日本では1990年代に食物繊維が豊富なデザートとしてブームになった「ナタデココ」として一般的によく知られている。このようにBCの用途はヒドロゲルでの食品がもっとも有名で,現在でもナタデココ入りヨーグルトなどを店頭でよくみかける。また,清涼飲料水に入れて食感を楽しむ商品も市販されている。ゲル状態以外の用途としては,BCゲルを乾燥させたシートが高ヤング率を示すことを利用し,スピーカーの振動板として製品化・実用化されている。近年ではBCの微細な網目構造(ナノファイバー)に着目した研究開発が数多く発表されている。

鶏挽肉とイカナゴすり身を混合した加熱ゲルのゲル形成について

舩津 保浩、岩崎 智仁

北海道で漁獲されるイカナゴの漁獲量は1.7万トン(平成19年現在)であり,夏季(6-8月)に漁獲が多く,大きさも瀬戸内海産にものに比べ大きいが,加工用途が乏しいため,大部分が養殖用魚類の餌として利用されているにすぎず,食用としての付加価値向上が求められている1, 2)。また,北海道の漁業生産量も昭和62年に比べると平成19年度では半減(135万トン)している3)ことから加工用原料の品質の調査も急務とされている。さらに,イカナゴの冷凍原料を用いた乾製品,調味乾製品およびいずし等の試験研究1, 4)は行われているが,筋肉タンパク質を利用した練製品に関する加工研究はほとんどない。
 一方,鶏舎単位で全群更新方式が採用されて以来,産卵率の低下した20カ月齢の成鶏が一度に数万羽単位で採卵廃鶏となり,平成21年2月1日現在,国内では1億3991万羽の採卵鶏が飼養されている5)。

食用カンナの西南暖地における多用途利用開発

田中 伸幸

カンナは,新大陸を原産とするカンナ科(ショウガ目)の大型多年生草本類で,古くから西欧諸国で園芸品種の作出が盛んに行われ,暖地を中心とした世界中で園芸用の植物としての利用が一般的である。しかし,カンナの中には,根茎が肥大する種類が知られており,アンデス地方でインカ文明の頃から澱粉源作物として,ジャガイモなどの主要作物以外の補食源として食用に供され,それが東南アジアにも伝播して利用されている。「食用カンナ」とは,そのような根茎を食用にするカンナの総称を言う。
 食用カンナは,最も一般的に栽培されているものはCanna discolor Lindl.といい,染色体は2n=27の3倍体である1, 2)。かつてはオーストラリアやハワイに導入されて栽培が見られたことで,英名をQueensland Arrowrootというが,現在はすでにほとんど見られなくなった。現在でも栽培が行われている地域は,パプアニューギニアから中国南部にかけてである。主として根茎を茹でたり焼いたりして食用にするが,唯一ベトナムでは商業的栽培が見られ,根茎から春雨様の麺類が製造されて市場に出るほか,屋台でこの麺を食べさせる風景も見られる。

山形県米沢産ウコギの機能性と商品化への取り組み

尾形 健明、野田 博行、山田 則子

本誌にウコギの抗酸化性を紹介させていただいたのが2003年であった1)。それから7年を経た現在,著者らのウコギの研究成果をもとにウコギの活用が進み,地元米沢市において多くのウコギ商品が開発され販売されるようになった2)。米沢のウコギはウコギ科ヒメウコギ(Acanthopanax sieboldianus Makino)であり,中国から入ってきた落葉低木である。その根皮は漢方薬として利用され,種々の薬理作用をもっている。ウコギ科には,ケヤマウコギ,ヤマウコギ,エゾウコギのほか,タラノキ,ウド,コウライニンジンなど薬効成分を持つものが多い。ヒメウコギは,昨年のNHKの大河ドラマの主人公であった直江兼続が米沢の街づくりに使い,その後米沢藩第九代藩主上杉鷹山が食用と防犯を兼ねた垣根として植栽を奨励した植物である。現在の米沢市のヒメウコギの垣根は総延長20 km以上あり,一種類の生垣としては全国で最も長く質・量ともに日本一であり,今でも市民の日常生活に溶け込んでいる。

寒天ゲル中におけるフレーバーの拡散

山田 恭正

最近,高齢者が咀嚼・嚥下しやすい食物として,また携帯に便利な食物として寒天,ゼラチン,カラギーナンなどを用いたゲル状食品が広く用いられるようになって来た。しかし,食品の加工・調理に利用されるフレーバーのゲル中における挙動,特に拡散現象に関する研究はこれまであまり充分とは言えない。
 筆者が行っている研究について述べるにあたり,先ずこれまでに食品分野で行われてきた拡散現象に関する研究について述べる。小竹らは,2% 寒天ゲルを一定時間食塩水に浸漬し,寒天中の塩化ナトリウムと水分を定量して見かけ上の拡散係数を算出した1)。また藤居らは,食塩水溶液中で加熱した大根の食塩濃度を予測することを試みている2)。小見山らは,調理時に呈味成分が食材中へ拡散する現象に対して,染色分野における二元収着拡散理論を適用した3-4)。

食塩を半減し,食物繊維を倍増しよう

藤田 哲

多くの先進国が減塩運動を推進し,食塩摂取が減少する中で,日本の減塩の歩みは遅い。日本では,加工食品の栄養表示は任意であり,しかも表示される栄養成分は,熱量,タンパク質,脂質,炭水化物,ナトリウム(食塩)の5種である。世界的に栄養表示が義務化され,5種の栄養素以外に,総脂肪,飽和脂肪,トランス脂肪,糖分,食物繊維を表示させる国が多い。これらの栄養素の中で,食塩は2倍の過剰摂取であり,食物繊維は推奨量の半分であることが,ほぼ世界的に共通している。 
 ヒトの食事では,精製した穀物,食肉,油脂と糖が増加し,食塩は減少してはいるが,なお過剰であり,植物タンパク質と食物繊維が大きく減少している。このような食習慣の変化と座業の増加で,肥満と生活習慣病(癌,心臓疾患,脳血管疾患,二型糖尿病)が増えている。これらの生活習慣病の予防法として,減塩に加えて,食物繊維の多い食事が推奨されている。減塩と食物繊維増加が,生活習慣病の予防に重要であることは,多くの科学的研究で支持されている。この小文では海外事情を紹介して,これらの問題を概説した。

日本の食料事情その十 膨張しすぎたフードシステム

橋本 直樹

スーパーマーケットには全国各地からの,そして海外からのありとあらゆる食料が並んでいる。私たちの食生活が豊かになり,便利なものになったので,それを支える農水産業,加工製造業,流通小売業,外食サービス業などの食品関連産業に従事する人は1130万人,経済規模は80兆円になっている。昭和30年には4億円であったから約20倍に成長,拡大したわけである。
 原始時代は自給自足であったから,食料を作る人と食べる人は同じであった。しかし,社会ができると農産物や肉,魚の物々交換が始まり,簡単な加工も始まる。貨幣経済になると食料品の販売が始まり,市場に商人が登場する。やがて,町や都市ができると,食物を小売りする商店,飯屋,居酒屋,料理屋などが現れる。こうして,食料の生産者と消費者をつなぐ流通と消費の形態は複雑多岐になるのである。

ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第1回 人類が出会った乳利用

平田 昌弘

ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品を、これから約1年にわたって毎月のシリーズで紹介していきたい。
 ユーラシア大陸といっても広大である。それぞれの地域で様々な乳加工技術が発達し,珍しい乳製品がつくり出されてきた。バターは発酵乳からつくられることが多く,発酵乳は清涼飲料,チーズなどにも加工され,牧畜民の乳加工において発酵乳の出番は多い。チーズ加工の凝固剤にはレンネットだけでなく,酸乳や有機酸を用い,牧畜民の加工するチーズは熟成させることはない。乳から酒をつくっていたりもする。多くはお世辞にも旨いといえるシロモノではないが,幾つかはキラリとひかる美味しさと利用の仕方とがある。このような牧畜民の乳製品と乳利用とはいったい,どのようなものであろうか。想像するだけでもワクワクしてきて,現地を訪ねてみたくなる。このシリーズでは,西アジア,北アジア,中央アジア,南アジア,チベット高原,ヨーロッパを事例として,乳加工技術と乳製品とを具体的に紹介していきたい。なるべく現地の写真を多く掲載しながら解説していく。シリーズ最初の今回は,乳利用が人類にもたらした生業革命―牧畜の誕生,そして,現在のユーラシア大陸における乳加工の特徴について外観しておきたい。