New Food Industry 2015年 9月号

香煎茶加工(茶の新しい二次加工法)
― Kosencha, a novel processed tea ―

芳野 恭士,清水 康夫,清水 篤

 茶はツバキ科の常緑樹Camellia sinensis L.の葉から作られ,世界中で摂取されている飲料である。茶はその製造方法の違いにより,いくつかの種類に分けることができる。まず,一次加工における茶葉自身が含有する酸化酵素による発酵の程度により,不発酵茶の緑茶,半発酵茶の烏龍茶,全発酵茶の紅茶に分けられる。さらには,緑茶を原料として二次加工を行ったものに,微生物発酵茶やほうじ茶がある。微生物発酵茶は後発酵茶とも呼ばれ,好気的発酵によるものとして,中国の黒茶であるプーアル茶(普洱茶)や六堡茶が知られている。また,中国南部やタイ,ミャンマー,日本の四国地方などでは,嫌気的発酵を利用した二次加工茶も生産されている。ほうじ茶は,緑茶を高温で焙煎して製造する二次加工茶である。これらの茶葉の熱水浸出液は,緑茶を除きほぼ一様に褐色を呈する。
 世界における茶の生産量は年々増加しており,その大部分は紅茶に加工される。生産量の多い国としては中国やインドが挙げられる。インドでは紅茶が生産されているが,中国では緑茶,烏龍茶,紅茶,緊圧茶など様々な茶が生産されている。これに対し,日本の茶の生産量は横這いあるいは漸減する傾向にある。日本の緑茶は蒸すことで殺青を行うため,青葉アルコールや青葉アルデヒドなどの香気,いわゆる新茶の香りを有する。しかし,中国や韓国など緑茶を飲用する海外の国々では,緑茶は釜炒りによる殺青で製造され,日本茶のような香気が強くないものが一般に好まれている。近年では,製品の多様化を目指して国産の烏龍茶や紅茶も製造されるようになっている。それらのうち,国産紅茶栽培品種の「べにふうき」には,抗アレルギー作用があるメチル化カテキンが含まれることが知られている1)。ただし,「べにふうき」から紅茶を製造する過程でメチル化カテキンは消失するため,メチル化カテキンを摂取するためには緑茶あるいは弱く発酵させた包種茶などに加工する必要がある2)。また,「べにふうき」の葉のメチル化カテキン含量は,渋味の強い成熟した夏茶などに多く含まれるため2),メチル化カテキンを有効に摂取するためには,その渋味を低減することが望ましい。ここでは,茶葉の渋味を軽減させる加工法の一つとして,香煎茶加工について解説する。

小麦ふすまの利用用途の開発
− ふすま自己消化物のACE阻害作用とNASHモデルマウスに対する効果 −

野方 洋一,川口 巧,鳥村 拓司,上野 隆登

 小麦は世界で最も広く栽培されているイネ科の食用作物で,パンやめん類,菓子などの原料として消費されており,人類の主食をまかなう重要な作物である。普段私たちは小麦粉を食しているが,種子重の約20%にあたる製粉副産物(ふすま)の国内年間生産量はおよそ120万トンにおよぶ。その主な用途は配合飼料や単味飼料などの家畜飼料用であり,他にきのこ栽培や酵素製造などの素材として利用されている。最近,ホールグレイン(全粒穀物)の価値が見直され,食材として注目されるようになった。その背景には胚芽や種皮に含まれる機能性成分の摂取による生活習慣病の予防効果への期待がある。AACC(米国穀物化学者学会)の専門家特別委員会は,1999年に加工業者や消費者の理解のために,ホールグレインを“未処理の,粉にした,砕いた,或いは薄片にした穎果からなり,それらが含むデンプン性胚乳,胚芽,糠などの主要な構成要素は,穎果と同じ相対的割合である”と定義した。また,FDA(アメリカ食品医薬品局)は2006年にWhole Grain Label Statementのなかで,この定義を採用した。ホールグレインの摂取と生活習慣病などの疾病リスク低下について,これまでに体重,BMI,炎症,心血管疾患,糖尿病,高血圧,および各種ガンなどに関する調査報告があり,このうち,メタアナリシスで心血管疾患のリスクを低下させることが支持されている1)。ホールグレインの摂取による健康維持効果は,糠やふすまに含まれるフィトケミカルに由来すると考えられるが,研究のさらなる蓄積が待たれる。

有機酸蒸気を利用した高効率な殺菌技術

根井 大介

食品の殺菌方法には加熱処理,高圧処理,放射線照射などの物理的な処理方法や食品添加物などを使用することにより微生物を制御する化学的処理方法があり,食品の腐敗防止や食中毒予防に重要な役割を果たす。一方で,殺菌対象となる食品の形質によっては適用可能な殺菌方法が限定されることがあり,例えば生鮮食品には過度の加熱処理は適用しにくい。本研究では,食品または食品原料の殺菌方法の選択肢のひとつとして,ガス状の酢酸を利用した殺菌方法の開発に取り組み,芽もの野菜の原料種子および香辛料への適用性を検討したので紹介する。

かび毒の制御技術の開発
− ポストハーベストでのかび毒除去 −

久城 真代

 作物や食品につくかびは昔から私たちの暮らしとともにあり様々なはたらきをしている。人間にとって好都合なはたらきとしては,発酵食品を作ったり,抗生物質を産生したりして,豊かな食文化を支え,人畜の健康維持や病原菌防除に役立っている。いっぽう不都合なはたらきとしては,植物病原菌として作物の収量や品質を低下させたり,食品を腐敗させたり,有害物質を蓄積したりすることがある。後者のうち,かびが産生する有害物質のことをかび毒(マイコトキシン Mycotoxin)とよぶ。かび自体は食品の加熱調理で死滅するが,かび毒は熱に安定で加熱調理後も残存することがあり,食品衛生上大きな問題となっている。かび毒産生菌として注意が必要なかびは,アスペルギルス属,ペニシリウム属,フザリウム属の3種類に属するかびの一部である。前の2種類に属するかびは,保蔵中の食品に着生することが多いのに対し,フザリウム属に属するかびは,植物病原菌が多く,栽培段階からかび毒を産生し作物を汚染することがある1, 2)。
 かび毒中毒として最も有名なのは,1960年に英国で起こった七面鳥の大量死で,かび毒汚染した飼料穀物が原因とされている。近年日本では,かび毒中毒はほとんど起こっていないが,2008年に起きた輸入事故米(かび毒の一種であるアフラトキシンに汚染された米)の転売事件や,2011年の九州での試験栽培米の汚染事故などで,かび毒が注目されるようになった3)。
 現在,日本の食品衛生法上,基準値が定められているのは,全食品中のアフラトキシン(アスペルギルス属菌が産生,アフラトキシンB1,B2,G1,G2の総量として10 ppbが許容上限),リンゴジュース中のパツリン(ペニシリウム属菌が産生,50 ppbが許容上限),小麦原麦中のデオキシニバレノール(フザリウム属菌が産生,1.1 ppmが許容上限,ただし暫定値)の3種類である。
 日本では,食の欧米化に伴い,小麦の摂取量が増えてきており,国産小麦の栽培面積も伸びてきている。しかしながらわが国では小麦の開花期に降雨が重なりやすいことから,小麦に付く赤かび病菌を圃場段階で完全に防ぐことは非常に難しい4)。本稿では,フザリウム属菌の一種である麦類赤かび病菌が産生するかび毒のうち,特にデオキシニバレノール,ニバレノール,ゼアラレノンが,収穫後の一次加工でどの程度減衰するかを調査した研究について紹介する。

梨加工品の実験的抗炎症効果
― 規格外梨の有効利用に向けた取り組み ―

東 和生,伊福 伸介,大﨑 智弘,岡本 芳晴,斎本 博之

 鳥取県は二十世紀梨をはじめ全国有数の梨の産地であり,それらの大部分は贈答用である。外観上の問題があるもの,一部が腐敗したものなどは「規格外」梨として加工用に利用されている。正確な統計はないものの,収穫量の1割以上がその「規格外」梨であると考えられている。それら「規格外」梨の有効利用のため,我々は梨加工品の抗炎症効果を検討している。本稿では,梨を原料にした「梨酢」および梨に含まれるセルロースをナノファイバー化した「梨セルロースナノファイバー」の抗炎症効果を紹介する。

健康食品のエビデンス  鮫肝油

濱舘 直史

 肝油と聞くと,甘くて美味しい肝油ドロップを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。私も小さい頃,親に隠れて一度にたくさん食べていた思い出があります。肝油はタラ,サメ,エイの肝臓から抽出した油で,戦後の日本人に多かったビタミンA不足による,特に小児の角膜乾燥症を予防することを目的に考案されました。ビタミン A の典型的な欠乏症として,乳幼児では角膜乾燥症から失明に至ることもあり,成人では夜盲症(とり目)を発症します。その他,成長阻害,骨及び神経系の発達抑制もみられ,上皮細胞の分化・増殖の障害,皮膚の乾燥・肥厚・角質化,免疫能の低下1)や粘膜上皮の乾燥などから感染症にかかりやすくなるとされています2)。脂溶性ビタミンのビタミン Aは過剰摂取に注意が必要ですので,肝油ドロップが美味しくても食べ過ぎてはいけません。戦後,初めに開発された肝油は現代の肝油ドロップのように甘くて美味しいものではなく,魚の臭みが残るもので,油をそのまま摂取していたそうです。その飲みづらさや成分の安定性を高めるために肝油ドロップが開発されました。そして,現代の肝油ドロップはというと,肝油は含まれておらず,ビタミンA,ビタミンC,ビタミンDなどを添加して製造しているようです。現代の日本でビタミンA不足が問題となるケースはきわめてまれですが,発展途上国の貧しい地域では良くみられるため,ビタミンAのサプリメントが支援物資として使用されています。以上のような背景のある肝油ですが,最近では深海鮫の肝油が免疫賦活作用などの有用な効果をもつことが報告されており,風邪などの感染症予防を中心とした健康維持を目的として,鮫肝油のサプリメントが広く用いられるようになりました。

ニジマスの肉色改善-1

酒本 秀一

 一般にサケ・マス類の肉は赤いとの先入観が有る為か,1Kgを超す大型のニジマスでは肉の色を赤くして販売する場合が多かった。確かに刺身にしても切り身にしても赤い方が綺麗で見栄えも良い。ところが最近はニジマスの利用目的の多様化によってか,一尾付けの皿に乗る程度の小型魚も肉を赤くして欲しいとの要求が強くなってきた。これとは逆に白身魚の刺身用商材としての需要も有るので,ニジマスの肉をヒラメの様に透明感の有る無色に出来ないかとの話も聞く。また,肉の色ではないが,テンプラ用商材として数gの大きさのニジマス幼魚の体表を綺麗な色に出来ないかと云う様な要望も有る。
 魚の使用目的によって要求される肉や体表の色が異なり,夫々の要求に対して養殖業者が経験を基にして独自の技術でなんとか対応しているのが実情である。この様な効率が悪くて無駄が多い現状を改善する為には,魚種別,魚体重別にどの様な色素をどの程度の量与えればどの様な色になるのかを予め調べておくことが必要である。これから行う一連の報告は,ニジマスの肉色を良くするには如何したら良いかを説明するものである。
 本報告の試験-1で合成アスタキサンチンとオキアミミール,試験-2で合成アスタキサンチンと合成カンタキサンチンを投与した場合の消化管内容物の組成と血漿総カロチノイド含量の経時変化から各色素の見掛けの吸収率の違いを調べた。また,試験-3で合成アスタキサンチンあるいは合成カンタキサンチンを添加した飼料でニジマスを2カ月余飼育し,背肉の色調と色素量の変化を調べた。
 以下夫々の試験の詳細を説明する。

野山の花  身近な山野草の食効・薬効
ヒガンバナ Lycoris radiate (L’ Hér.) Herb.(ヒガンバナ科 Amaryllidaceae)

白瀧 義明

夏が過ぎ,彼岸を迎える頃,田のあぜ道を歩いていると,まるで真っ赤な炎が燃えているような花が目に入ります。これがヒガンバナです。東北〜四国・九州を経て沖縄,さらに中国大陸・揚子江流域に多く分布します。本植物はもともと日本に自生はなく,縄文時代〜弥生時代に中国大陸から持ち込まれたとする説が有力です。秋の彼岸の頃,高さ20〜40 cmの花茎を伸ばし,数個の花を散形花序に付け,花被片は細く縁が波うち,外側に反り返っているのが特徴です。花が終わると濃緑色で中央が灰緑色の線形の葉を出します。救荒植物として古く大陸から持ち込まれたとする説,Lycorineなどのアルカロイドを含む有毒植物なので,あぜ道に植えたり壁土に混ぜたりして,モグラやネズミの害を防いだとする説もあります。日本に分布するものは3倍体(2n=33)で種子ができず,鱗茎の分裂によって繁殖しますが,中国大陸には2倍体(2n=22)があり種子ができるそうです。

中国の食材 食効・薬効No.1
薏苡仁赤小豆湯(よくいにんせきしょうずとう)

生 宏

 水虫の悩みを抱える方にとって,梅雨から夏にかけて辛いシーズンになりますね。完治と自然治癒は難しく,再発しやすい病気です。水虫は,白癬菌という真菌の一種ですが皮膚の角質層に感染して起こる病気です。特に足(90%)で繁殖しやすく,その中でも角質増殖型白癬と言われるものは難治性として知られています。対症療法として,市販薬の外用抗真菌薬が主に用いられますが,塗布を中断すると,再発することがあります。体全体のバランスを整える観点からの漢方医学では,水虫の最初の原因は感染ではなくて,体の「湿気」です。特に,湿気の多い梅雨の季節に多発します。

酒たちの来た道 酒造りの文明史③

古賀 邦正

 前回(5-1〜5-3),“果実の酒”ワインと“穀物の酒”ビールの誕生,そして“肥沃な三日月地帯”を拠りどころとしてメソポタミア,エジプトを中心としたオリエント文明発展とともに,それぞれの酒が育ってきた経緯を述べた。今回は,オリエントで育ったワインとビールがどのように西ヨーロッパに広がっていったかを概観する。そのうえで,初めてオリエントを統一したアッシリアの出現が“選ばれた者の酒”ワインを一般市民にまで広げる契機となった経緯について述べる。そして,その当時のワイン造りとビール造りがどのようなものであったかを知ったうえで,古代ギリシアにおけるワインとビールの変遷や著名な古代ギリシアの哲学者たちが酒についてどのように考えていたかを紹介したいと思います。よろしくお付き合い下さい。

築地市場魚貝辞典(イシダイ)

山田 和彦

月日はめぐり,築地にまた夏がやってきた。以前にも書いたのであるが,築地市場の水産物仲卸店舗には空調設備がない。水産物は旨味成分を多く含む反面,鮮度の低下が早い。気温が高くなればなおさらである。仲卸店舗では氷を使っているが,店舗に出せなかったものなどを保管するために,築地市場でも大きな冷蔵庫が立ち並ぶ。
今回は夏の魚,石鯛を紹介する。

対 談:広がるクマ笹の可能性 ― 最新研究から見る未来の可能性 ―

北嶋 まどか,賈 俊業,名取 威德,大泉 浩史,大泉 高明,渡邊 康一,安井 利一,坂上 宏

 株式会社大和生物研究所(事業本部:神奈川県川崎市)は,1968年の創業以来,クマ笹の葉を原料とした一般用医薬品「ササヘルス」(第3類医薬品 効能効果:疲労回復,食欲不振,口臭,体臭除去,口内炎)の製造・販売を一貫して行っている。さらに,医薬品分野におけるクマ笹の基礎研究を『農・食・美』分野へ向けた商品開発にも活かしており,食品「SE-10(エスイーテン)」「クマ笹のど飴」,化粧品「クマ笹歯みがき」「笹の恵シリーズ」等を開発・上市した(図1)。
 当社は,明海大学歯学部薬理学分野 坂上宏教授との共同研究を2007年よりスタートした。今までの研究により,医薬品「ササヘルス」には,抗炎症作用,歯周病菌等に対する抗菌作用,インフルエンザウイルス,エイズウイルスに対する抗ウイルス作用,ラジカル消去作用,抗腫瘍作用,紫外線に対する細胞保護作用等が確認された1–20)。
 当社クマ笹関連製品を販売する薬局・薬店の会組織である「緑健会」は2015年6月14(日),TKPガーデンシティ品川を会場に勉強会を開催した。その中で「広がるクマ笹の可能性 ―最新研究から見る未来の可能性 ―」をテーマに,明海大学歯学部の坂上宏教授と当社代表取締役社長の大泉高明との対談が行われたので,内容を以下に紹介する。

管理栄養士 てるこ先生の家庭の食文化
第5回 円熟の味わい

中村 照子

 過日,久しぶりにピアノ演奏会にいきました。演目はラフマニノフの組曲第2番より “ロマンス”。ラフマニノフならではの詩情あふれる美しい旋律がとても魅力的な作品です。夜想曲風に奏しだされるロマンテイックな旋律が,変形,展開しながら徐々にテンポを速めクライマックスののち,ゆるやかにおだやかさをとりもどして静かに曲をとじていきます。ピアニストは,かつて私と娘がピアノの指導を受けていた先生でした。この作品を先生の演奏で聴くのは2度目で,初めて聴いたのは25年以上前,先生も私も若かりし頃でした。それから長い年月を経て,結婚をされ母となられた現在,先生は演奏家として円熟した旋律を奏でておられました。それはまるで先生のしなやかな人生の積み重ねの調べにも聴こえ,25年前のラフマニノフとはひと味もふた味も違う作品に仕上がっていました。聴き手である私の胸に迫る音色も以前とは大きく変化していることが静かなる驚きでした。