New Food Industry 2014年 2月号

ファイトケミカルの糖尿病・糖代謝に対する作用とその機構

矢ヶ崎 一三

 糖尿病とくに2型糖尿病は平成の国民病と言われるが,人口増加,高齢化,都市化,身体運動不足,肥満に起因して,我が国はもとより経済発展著しいBRICS諸国を含めて全世界的に増加し,今後も増加し続けると推測されている1)。その治療には食事2)が密接に関与しているが,予防にも貢献する可能性がある3)。
 私たちは,生命維持のために栄養素を多様な食品から毎日食事として摂取している。食品には,栄養素以外にも色素,呈味,香気物質などの非栄養素が含まれている。そのような非栄養素として,ファイトケミカル(phytochemicals,植物化学物質)があり,その中の一群の物質はポリフェノール(polyphenols)と呼ばれている。本稿では,日常的に誰もが摂取している食品の成分,特にファイトケミカルの糖代謝や糖尿病に対する影響を,分子・細胞・動物個体のレベルで実施した筆者らの食品栄養生理化学的研究を中心として述べてみたい。

リンゴやバナバ葉に含まれるコロソリン酸(Corosolic acid)の新規機能性:
マクロファージ活性化制御作用による癌予防効果と癌治療への応用の可能性

藤原 章雄、池田 剛、竹屋 元裕、菰原 義弘

 マクロファージは体内の老廃物の処理や,病原菌に対する防御機能を担っている。その一方で,過剰なマクロファージの活性化は,逆に多くの疾患の発症に関わることも知られている。近年,マクロファージの活性化機構には,古典的活性化経路とオルタナティブ活性化経路が存在することが知られている1, 2)。すなわちTh1タイプのサイトカインでの刺激により炎症惹起性に機能する古典活性化マクロファージ(M1マクロファージ)と,Th2タイプのサイトカイン刺激により抗炎症性,組織修復性に機能するオルタナティブ活性化マクロファージ(M2マクロファージ)の2種類に大別されている1, 2)。このようなマクロファージの活性化の違いは,様々な病態形成と深く関連するため,マクロファージの活性化制御が疾病の予防や治療に有効であると考えられている。腫瘍組織においては,M2マクロファージが腫瘍血管の形成促進やIL-10,PGE2等の免疫抑制分子を産生することで抗腫瘍免疫の抑制に関与している3)。一方,M1マクロファージは,抗腫瘍免疫を活性化することで腫瘍の増殖を抑制することが知られている。例えば,IL-4,IL-13,STAT3/6を欠損したマウスでは,腫瘍組織でのM2マクロファージへの分化が抑制され,M1マクロファージの割合が増えるため,結果的に癌の発育・転移が抑制されると報告されている4)。(本論文中18ページの図6Bに編集ミスにより誤りがありました。ここにお詫びするとともに正しい図を掲載したページをアップいたしました。お手数ですがダウンロードしていただき差し替えをお願いいたします。)ダウンロードはこちら

LPSによるアレルギー疾患の予防改善

河内 千恵、稲川 裕之、天野 里子、田村 佑樹、杣 源一郎

 読者の中にも,自身が何らかのアレルギーを抱えていたり,アレルギー疾患のお子さんを持っている方は多いと思います。ほこりの出ないおふとんや,ダニを吸い付けるマットなどに,どうしても関心を持ってしまうのではないでしょうか。アレルギー疾患は,世界中の特に先進国で明らかに増えています。日本でも,昭和30年代以降,花粉症,喘息,アトピー性皮膚炎が増え続けています。田舎の子供より都会の子供のほうが,アレルギー疾患率は高いようです。衛生環境がよくなってきたというのに,なぜアレルギー疾患は増え続けているのでしょうか。
 その答えが,ヨーロッパの研究者たちの大規模な疫学調査と,これを裏づけるための動物実験で明らかとなりました。結論から言いますと,胎児期および幼少期において,リポポリサッカライド(LPS)にふれたり吸い込んだりすることが減ったことが原因だったのです1-6)。LPSは細菌の一成分で,動物の糞や土壌に含まれています。このため,土で育つ野菜や果物や,玄米や小麦胚芽にもくっついています。しかし,家畜や土にふれることがなく,植物工場などであまりにも清浄に育てられた野菜や穀類を食べる都会の子供たちは,LPSの自然摂取が減り,その結果LPSで刺激することによって成熟させるべき自然免疫が弱い状態になっているというのです。アレルギーは獲得免疫の抗原抗体反応によって起こりますが,自然免疫は獲得免疫をコントロールする役割をもっていますので,その力が弱いことが,アレルギーの暴走につながっていると考えられます。一方このことは,質と量をコントロールしてLPSを摂取することで,アレルギーの予防改善が可能である,ことを示唆しています。我々は,これまでにLPSの経口摂取における種々の効果を検討してきましたが,以下にアレルギー関係の結果をお示しいたします。

ごぼうの新しい加工食品「黒ごぼう」の機能性

前多 隼人、鴨下 加奈子、山谷 梨恵、工藤 重光、古川 博志、佐々木 甚一、柏崎 進一

 黒ごぼうはごぼうを高温高湿で加工した新しい加工食品である。この製法には同じく高温高圧により熟成させることで作られる黒にんにく(Black garlic)の製造方法が活用されている。ごぼうの外皮と実が共に黒色に変色し,食感が柔らくなる。また黒砂糖やドライフルーツのような甘味と独特の香りが増す(図1)。
 ごぼうの加工製品はこれまで乾燥野菜やお茶などのごく限られたものしかなかった。また形の悪い規格外品や形を整えるために廃棄される部分が多く,その利用は堆肥などに限られていた。黒ごぼうはこのような未利用のごぼうを利用して製造することができ,新しい活用方法として注目されている。現在のところ黒ごぼう凍結乾燥粉末は菓子などの食品素材の他,お茶などの飲料への利用が進められている。一方で新規の加工食品であることから,栄養や健康向上に役立つ機能性については明らかになっていない。そこで本研究では黒ごぼうの機能性について,抗酸化作用,糖吸収抑制作用,アルコール性脂肪肝予防作用について検討した。

食用担子菌類の木材分解能力を検証する

富樫 巌、打矢 いづみ

 スーパーには年間を通して多くの種類の食用キノコ(担子菌類)が並んでいる。これは,先人たちの努力・創意・工夫により人工栽培技術が確立され,周年的な施設栽培が可能となったからである。一方,食用キノコの代表格である「マツタケ」の人工栽培は,現状では不可能と考えられている。その理由としては,死物寄生の腐生菌(落ち葉や稲わらを分解)や木材腐朽菌(木材を分解)のキノコが人工栽培可能となっているものの,マツタケを始めとする活物寄生菌(相利共生,片利共生)の人工栽培が困難である1)ことによる。
 著者の一人の富樫は,人工栽培技術が確立されていないナラタケ類(Armillaria spp.) に注目し,種々の検討から2か月の栽培期間でツバナラタケ(A. ostoyea (Romagn.) Herink)の安定的な子実体生産を可能にするノウハウを1990年代に確立した2-7)。その研究の発端と可能性の確信としては,ナラタケ類が樹木寄生菌であると共に木材腐朽菌でもあることにあった。もしも今後,木材腐朽力(木材を分解する能力)を持つマツタケの菌株が見出されるならば,人工栽培の可能性が開けるはずである。
 本稿では,食用キノコを中心とした担子菌類の木材腐朽力の定量的な評価の試みを紹介する。手順としては,JIS K 1571「木材保存剤の性能試験方及び性能基準」の指定菌株であり,木材腐朽菌の代表格とも言える非食用のオオウズラタケ(Fomitopsis palustris (Berk.&M.A.Curtis) Gilb.&Ryvarden)とカワラタケ(Trametes versicolor (Linnaeus) Llyod)の木材腐朽力を評価できる実験系を確立した後に,同手法を用いて人工栽培が可能な7種類・12菌株の食用キノコの木材腐朽力を比較する。得られた結果から木材腐朽菌と食用キノコの木材腐朽力を比較し,さらに木材中のリグニン分解能の可能性を簡便に評価するバーベンダム反応との関わりも考察する。

小さなガランガについて

堀田 幸子、小谷 明司、有水 育穂

 筆者等は前報1)でタイショウガの機能性について紹介した。この中でタイショウガには大きなガランガ(greater galanga)と小さなガランガ(smaller galanga あるいはlesser galanga)の二つの品種が含まれること,主として前者は香辛料として,後者は薬草またはハーブとして用いられていることを述べた。前報では大きなガランガについての記述に重きを置いたが,その後に小さなガランガについての文献の収集が捗ったこともあり,本稿では小さなガランガについて補足したい。

“地域密着でキラリと光る企業”
味噌業界を創造する『マルコメ株式会社』

田形 睆作

 日本を代表する味噌メーカーの1社として知られる『マルコメ株式会社』は千年以上の営みのなかで育まれた日本のオリジナリティあふれる食である味噌業界を常に創造し,牽引し続けてきた。発酵食品であるこの調味料は今や世界に広まり,健康志向や日本食に関心の高い欧米で,とくに注目されている。マルコメでは味噌の最大輸出先であるアメリカにも生産拠点を置き,味噌がさらに多くの人々に愛される食になることをめざしている。
 1854年(安政元年)創業以来,味噌という領域を守り,掘り下げてきたマルコメは,時代に適応した食を提供するための開発にも力を注ぎ,1982年(昭和57年)にはいち早く「だし入り味噌・料亭の味」を発売し,シェアを伸ばすと共に,今日まで発売され続けるロングセラー商品となっている。2009年にはすぐに溶けて使いやすい「液みそ」を発売し定着させるなど,常に新しい価値観を創造している。
 2012年(平成24年)には長年培った糀づくりから,自然の甘さを引き出す「糀ジャム」をはじめ,酵素の力に着目した「生塩糀」「生しょうゆ糀」を発売し,発酵技術の更なる追求と生活者のすこやかな暮らしに貢献し続けてきた。マルコメの底力は糀の力である。こうじは麹,糀とも表されるように,穀物に咲く花にたとえても良いかもしれない。やさしさとたくましさを兼ね備え,人を元気にしたり,癒したりする魅力をもっている。この糀は酵素の宝庫といわれるカビの1種「コウジ菌」が米などの穀物に生育したもので,発酵食品の原点である。味噌や醤油,酒など日本古来の「食」を支える存在である。1854年創業以来,味噌ひとすじに製造しているマルコメにとっても,糀はなくてはならない存在である。本稿を書くに当たり,マルコメ株式会社広報部長の須田信広氏を取材した。

製造法の違う飼料がニジマスの消化管内移動時間,消化管内容物pHおよび血漿成分に及ぼす影響

酒本 秀一、大橋 勝彦

 魚の養殖に使われる餌はマグロ等の特殊な魚を除いて配合飼料が大部分で,生餌の使用量は減少している。特に淡水魚では殆ど全てが配合飼料である。配合飼料の使用量は成魚に与えられる育成用飼料が最も多い。育成用飼料には大きく分けてハードペレット(HP),エクストルーダーペレット(EP),モイストペレット(MP)の3種類が有る。
 本報告では夫々の飼料を摂取した後の消化管内移動時間と内容物のpHおよび血漿成分の変化を調べた結果を説明する。
 HPとEPの製造法や特徴については既に北村1)が詳しく説明しているので,ここではその概略を述べておく。

伝える心・伝えられたもの —田子節考 —

宮尾 茂雄

 「私は鰹節をかくのが好き。ことに花かつおをこしらえるのは楽しい。」これは浅草生まれの女優沢村貞子さん(1908〜 1996年)のエッセー「私の台所」(講談社)の一節である。明治生まれの私の祖母もちょっとした空き時間があると鰹節をかいていた。もうこれ以上は削れないほど鰹節が小さくなると沢村さんと同じように鍋で煮出していた。祖母がなくなり,いつの間にか削り節器の出番もなくなった。
 ある時,知人から鰹節を頂いた。久々に削り節器の登場となったが,刃が錆びついて使えない。研ぎに出してからは,食卓に鰹節が戻ってきた。削りたての香りが食欲をそそり,だしの匂いは一瞬贅沢な気分にさせてくれる。

築地市場魚貝辞典(スケトウダラ)

山田 和彦

 冬になると寒さもさることながら,日が短くなり,朝夕の出勤,退社時間は暗くなっている。寒いだけでも布団から出たくないのに,暗いうちから起き出さなければならないのは,暖かい布団と決別する勇気をさらに遠ざける。市場の朝は早い。冬ではなくても,暗いうちからその日の準備のために働く人がいるのには,頭の下がる思いがする。魚を知り,良い魚を良い状態で食べる人に届けるための人たちがたくさんいる場所,築地市場である。
 今回も冬の魚,スケトウダラを紹介する。スケソウダラと呼ばれることもあるが,最近の図鑑などでも使われることの多いスケトウダラを使うことにする。

伝える心・伝えられたもの —田子節考 —

“薬膳”の知恵(82)

荒 勝俊

 “痴呆症”は後天的な脳の器質的障害によって知力の減退を主な特徴とする病証で,高齢化が進んでいる日本において非常に深刻な社会問題となっている。ただし,単に老化に伴い物覚えが悪くなるといった症状は含めず,病的に知力が低下した病証だけを指す。また統合失調症などによる知力低下も認知症には含めない。主な症状は記憶・判断・認識などの能力が減退すると共に,性格の変化などもあげられる。
 “痴呆症”は,その発症原因によって治療方法が異なるが,西洋的治療によって改善させる事は非常に難しく,東洋医学的見地からの治療や予防,アロマセラピーやハーブによる改善や予防に関心が高まっている。
 “痴呆症”は症状が重度になるに従って治療が困難となる為,できるかぎり早い段階での予防を含めた対策が必要となる。鳥取大学医学部の研究グループは,痴呆症患者に対しアロマオイルを用いて嗅神経を刺激する事で海馬の機能が回復する事を報告している。65才以上の高齢者の10人に1人が認知症と言われる現代において,アロマテラピーによる認知症予防は大きな福音となる可能性が有る。
 中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,生活環境を正常化する事で改善できると考えており,“痴呆症”予防にもつながる考え方である。