New Food Industry 2013年 7月号

生理活性物質リポ酸の科学と応用 

生田 直子、松郷 誠一

α-リポ酸についての研究は1930年代から始まり,1951年にReedら1)により酸化型α-リポ酸が単離・同定された。単離に至るプロセスは非常に困難であったと思われる。Reedら2)は,約10トンのウシの肝臓から数多くの抽出プロセスを経た後に,約30mgのα-リポ酸を結晶として取り出している。この時,同時にα-リポ酸のジチオラン環の硫黄の一つが酸化された形のβ-リポ酸も得られている。α-リポ酸は6位に不斉炭素を有するキラル分子であり,天然に存在するα-リポ酸はR体(R-エナンチオマー,R(+)-α-LA,あるいはR-リポ酸)である。(以下,これをR-リポ酸と略す。)R-リポ酸の融点は47.5℃であり,比旋光度は [α] D25 =+ 96.7°(ベンゼン中)である3)。
 リポ酸は別名チオクト酸とも呼ばれるが,これはR-リポ酸の基本骨格がオクタン酸であり,分子内に2個の硫黄(チオ)原子がついていることに由来する。アメリカ生化学会がLipoic acidという物質名を採用したため,今日では『リポ酸』という名称がより一般的になっている4)。R-リポ酸はエタノール,メタノールなどの有機溶媒には比較的よく溶けるが3, 5),中性の水にはあまり溶けない。しかし,R-リポ酸はカルボン酸構造を有しているため,緩衝液や弱アルカリ性にすると水にも比較的容易に溶解するようになる。リポ酸についてはこれまで数多くの研究報告がなされているが,本誌では基本的なリポ酸の生化学と遺伝子発現調整機能,さらに食品に応用する場合に重要となる安定化技術などについて最近のトピックスを含めて紹介する。

シソ科植物の保健作用

芳野 恭士

ハーブやスパイスに関する著述は多く,食品に適用する矯臭作用,賦香作用,辛味作用,着色作用といった本来の使用目的に加え,抗酸化作用や抗菌作用などの副次的な効果が知られている。ハーブやスパイスに使用される植物は,コショウ科のコショウ(Piper nigrum),アブラナ科のカラシナ(Brassica juncea),セリ科のコリアンダー(Coriandrum sativum)など多様な科に属するものがあるが,シソ科の植物もまた大変良く用いられている。シソ科の洋風のハーブとしては,オレガノ(Origanum vulgare),オーデコロンミント(Mentha piperita var. citrata),サルビア(Salvia splendens),スペアミント(Mentha spicata),セイボリー(Satureja spp.),セージ(Salvia officinalis),タイム(Thymus vulgaris),バジル(Ocimum basilicum),ヒソップ(Hyssopus officinalis),ペパーミント(Mentha piperita),ベルガモット(Monarda didyma),マジョラム(Origanum majorana),ラベンダー(Lavandula spp.),レモンバーム(Melissa officinasli),ローズマリー(Rosemarinus officinalis)などがあり,その利用部位としては葉や茎が多い。和風のハーブとしては,シソ(Perilla frutescens var. crispa),ニホンハッカ(Mentha arvensis var. piperascens)などがある。これらのシソ科の植物の一般的な用途として,オレガノ,セイボリー,セージ,タイム,ローズマリーの矯臭,脱臭作用や,オレガノ,セージ,タイム,バジル,マジョラム,ミント,ローズマリーの賦香作用,セージ,バジル,ローズマリーの防腐作用などがあり,肉類,魚介類,乳製品等に広く適用されている1, 2)。特に,シソ科のハーブは酸味との相性が良いとされている。著者は,これまでにオレガノやローズマリーの副次的効果としての保健作用を報告してきたので,ここではそれらを含めたシソ科植物の保健作用について概説する。

北の地域における食資源の研究と産学官連携による食品開発

岩井 邦久、倉本 修助、中館 洋一

食品の研究は量から質へ,そして質から機能性へと,その注目点は社会情勢とともに移り変わってきたといえる。即ち,現在の機能性研究が盛んな背景には,日本が医療技術の進歩などによって有数の長寿国となる一方で,生活習慣病が増加していることがあげられる。人々の願いは寝たきりではなく,健康な状態で長生きすることである。そのため,慢性疾患を予防できるような機能性が食品にも求められ,病気を薬で治すのではなく,病気にならないような食事や食生活が人々の関心事となっている。このようなことから,食品の機能性に関する研究は身近で重要な位置を占めるようになった。
 優れた三次機能を利用するためには,少量の機能性成分は増量,濃縮,付与などによって顕在化させる,あるいは機能性素材へ変換される。この様な加工によって保健機能を発現しやすくしたものが機能性食品であり (図1),生活習慣病の予防に関心が高い現在では,新たな食品素材・資源から生理機能の探索,関与成分の解明,新たな素材開発といった研究が多数行われている1-3)。
 本稿では,地方の食素材を対象とした三次機能の研究が,その地域に潜在する食資源を発掘し,さらには素材化や製品開発を促した取組みや産学官連携活動などを紹介する。

愛媛県産六条大麦「はだか麦」の利用拡大を目指した地域連携(その1)

渡部 保夫

愛媛県は昨年度で25年連続日本一の「はだか麦」生産量を誇る産地である。愛媛県,香川県,大分県で全体の約70%を生産している(図1)。はだか麦は,水稲の裏作物として栽培されており,麦味噌や麦焼酎の原料として,また,押し麦に加工されて麦飯消費されている。はだか麦の収穫量の経年変化(農水省作物統計)を全国的に見ると(図2),昭和30年代は100万トン生産されていたが,その後急減し,昭和40年代半ばで30万トン,昭和50年代で4万トンから5万トン,最近は1万トンから2万トンを維持している。愛媛県内の生産量については,最盛期の10万トンから減少しているが,5千トン前後を維持し続けている。愛媛県内の産地は,西条市,松前町,東温市などである。冬期の水田の休耕状況を見ると,はだか麦の生産は,産官学と農商工連携による刺激があれば拡大できると推察しているところである。
 本稿では,まず,麦の分類,次いではだか麦の変種でありモチ性の食感を示すもち麦を用いた機能性化学物質「γアミノ酪酸」(GABA,ギャバ)の生産などについて,最後に,「ギャバもち麦粉」や「ギャバエキス」を用いて試作した商品についてご紹介する。次号では,はだか麦に含まれる水溶性食物繊維βグルカンについてご紹介し,はだか麦粉を用いた食パンやお好み焼きなどを試作したことを報告する。また,それらの商品を活用した地域連携の活動を開始したので,最後に,愛媛県発の「愛媛県地産品はだか麦およびもち麦を用いた食品加工技術による農商工地域連携の推進」の一端を述させていただく。

食塩の食品科学的特性について
—パン製造に食塩はどのような効果を示すのか—

豊﨑 俊幸

食品科学分野では,一般に食塩は食品の嗜好性を左右する風味はもちろんのこと,食物の形態や物性などを左右する重要なミネラルであり,すでに食塩のもつ様々な特性については古くから多くの優れた報告がある1-14)。
 著者はパン生地の発酵時に食塩を添加すると,パン生地の発酵が促進される興味ある若干の知見を得た。この現象は食塩のもつ新しい食品科学的特性の知見が得られることを示唆するものである。
 一般に食塩は製パン製造に必要不可欠な副材料として,ごく当たり前の事のように利用されてきた。しかし,製パン製造における食塩がもつ食品科学的特性についてはほとんど解明されていないのが現状である。著者は,製パン時に添加される食塩が持つ実際の意味について明らかにすることを主目的として検討してきた結果,パン発酵時に食塩の存在がきわめて重要であることをつきとめた。しかし,この現象がどのような機構で進行しているものなのかは不明であり,さらに焼成後におけるパンのもつ風味やテクスチャーと食塩との関係についても不明であることから,これらの点について様々な角度から詳細に検討を加えた結果,若干の興味ある知見が得られた。そこで,食塩のパン製造過程における食品科学的特性について,最近明らかにした内容について紹介する。

フィリピン・ルソン島における食用きのこ事情

寺嶋 芳江

2012年フィリピン共和国(以下フィリピン)の3大学,および周辺の農家を訪問する機会を得た。大学におけるきのこ栽培研究と農家でのきのこ栽培実態を視察した。
 フィリピンは日本列島の南西,フィリピン海,セレベス海,南シナ海に囲まれた大小7,000以上の島嶼からなる東南アジアの国である。気候帯としては熱帯雨林気候区に属す1)。フィリピンの国内総生産GDP(名目,2011年)は1,996億ドルであり,日本(58,686億ドル)と比べると極めて小さいが、東南アジアの他の国,たとえばタイ(3,456億ドル),ベトナム(1,236億ドル)の中間に位置する2)。主な産業は農業で,穀物自給率は85%(2009年)3)と高い。米が主要な作目であるが,自国での生産は消費に追いつかず,輸入に頼っている。タイ,ベトナム,日本の穀物自給率は,それぞれ144%,116%,26%である。

“地域密着でキラリと光る企業”
仙台味噌を製造販売する『仙台味噌醤油株式会社』 

田形 睆作

仙台味噌醤油株式会社は大正8年(1919年)11月,第一次世界大戦の好況に仙台市内同業者が一丸となって,より良い味噌醤油を安価に供給する目的で,近代設備を施した仙台味噌醤油株式会社を資本金50万円にて,伊達政宗公緑の若林城御城下の地に創立した。初代社長は六代目佐々木重兵衛氏が就任。翌9年5月に宮城県味噌醤油醸造組合に加盟。翌10年8月に商標「ジョウセン」を初出荷し,県下に特約店を設けた。このようにして仙台味噌醤油株式会社は仙台市で事業をスタートし,今年で94年目を迎える。

二枚貝用飼料-3

酒本 秀一、大橋 勝彦、仙石 義昭

荒木の方法1)で調製したスサビノリのスフェロプラストは海産二枚貝用飼料の原料として優れていること,スフェロプラストに魚油を添加するとホタテ稚貝とアサリ成貝の飼育成績が著しく改善されること等を第1報2)で説明した。次いで第2報3)で炭素数20以上のn3系高度不飽和脂肪酸(n3HUFA)が海産二枚貝類の必須脂肪酸である可能性が高く,二枚貝用飼料の油脂源にはn3HUFAを豊富に含む魚油等を使用すべきことや炭水化物源としては白糠が優れていること,飼料への白糠の適切な添加率は肉の成長を主目的とする場合には40-60%であること等を明らかにした。更にスサビノリのスフェロプラストに代わる動物性タンパク質源を探索したところ,オキアミミールが最も優れ,次いでエグレートパウダーがスフェロプラストと略同じ効果を持つことも分かった。
 本報告では試験-1で脱脂大豆粕と小麦グルテンのタンパク質源としての効果を調べ,試験-2で原料の海苔が正常な海苔であるか低品質海苔であるかの違い,海苔をスフェロプラストに調製してあるか否かの違い,海苔の粒径の違い等がアサリ成貝の飼育成績に及ぼす影響を調べた。更に試験-3では味付海苔屑が二枚貝用飼料の原料として利用出来るか否かについても明らかにした。

伝える心・伝えられたもの —玉川上水逍遥記 —

宮尾 茂雄

2012年の夏,東京は雨が少なく,日中は猛暑が続いていた。水不足は深刻で,首都圏最大の水がめ「利根川水系」の貯水量は9月には平年の約40%まで減少し,11日からは取水制限が始まった。東京の水不足は今に始まったことではない。天正18(1590)年,徳川家康(1543〜1616年)は関東への領地替えにより江戸に入府した。江戸の町づくりの課題の一つが飲み水の確保であった。

築地市場魚貝辞典(オニオコゼ)

山田 和彦

このところ新緑の季節が早くなっているような気がする。今年は桜も例年より早かったようであるが,その分,新芽が芽吹くのも早くなって,築地市場正門前に植えられているカラマツも早々と葉が出ている。早いとはいえ,新緑の季節は晴天でも暑くもなく,湿気も少なくすがすがしい。水物を扱う場内にとって,一年のうち数少ない快適なシーズンと言える。今回は夏の魚,オニオコゼを紹介する。

“薬膳”の知恵(77)

荒 勝俊

日本では,国民の8割以上が生涯において“腰痛”を経験しているといった“腰痛大国”である。しかし腰痛といっても様々な症状が有り,本稿では骨の変形(椎間板ヘルニア,脊柱管狭窄症)などを伴わない単純な腰部周辺の筋肉の緊張により起こる腰痛について中医学的に述べる。中医学的には,腰部周囲の筋緊張による腰痛は“痺症”に分類される。“痺症”は,様々な原因によって気血の流れが滞ることで起こる症状の総称である。
 また,中医学では痛みに対する考え方として「不通則痛(気血の流れが悪くなって痛む)」と「不栄則痛(気血が足りなくなって痛む)」がある。即ち,腰痛は腰の経絡が滞おる事で腰に関係している臓腑(特に腎)の力が低下(腎虚)し,その結果気血が不足した症状として表れてくると考える。
 最近,医療先進国では西洋医学では根本治療が難しい症状に対し,中医学への期待が高まっており,特に中医学が持つ「未病先防」の概念が大きな魅力と考えられる様になってきた。即ち,中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った“薬膳”や“薬膳茶”を日常的に飲食する事で,人が本来もっている臓器の機能を回復させながら身体の内部を整える事で,腰痛の様な症状に対して改善できると考えている。