New Food Industry 2023年 65巻 5月号

解説

人がパンデミックから学んだ事々

窪田 倭(KUBOTA Sunao)

人類の祖先  ― チンパンジーとの共通祖先・ 初期猿人 ― が樹上生活から地上生活を始めた700万年前には,すでに病原微生物(ウイルス,細菌,真菌,寄生虫など)やその宿主である動物や昆虫はすでに存在していた。人類の祖先が樹上生活から降りた段階から,樹上での病原微生物やその宿主の小動物や昆虫は地上でのそれらの種と異なっていたので,新たな感染症に罹り抵抗力を持つように進化した。原野に降りて採取生活から狩猟生活へと,そして農耕生活へと初期猿人から原人,旧人,新人へと進化するにつれて新たな病原微生物に感染し抵抗力(免疫)を勝ち取り,今日まで生き延びてきたのが新人(ホモサピエンス)である。二足歩行が強固になり新人(ホモサピエンス)は,誕生地のアフリカからユーラシア大陸へと移動していくうちに新たなる環境下で,新たなる感染症にも耐え忍んでたくましい集団が出来上がった。このように個人と集団が数々の感染症に対処して変質し続けてきた。一方で,病原微生物は自己の存在の連鎖のためにその宿主である猿人,原人,旧人,新人と進化する度に共生を計ってきた。その好例としてヒトの腸管内の細菌叢が挙げられる。腸内細菌はヒトが摂取した食料を分解(消化)すると同時に自己の食料として摂取して生存している。細菌との共生により雑食性へと進化した新人(ホモサピエンス)はいかなる環境下でも生存できるようになった。
 ヒトの集団が移動,拡散するにつれて病原微生物に曝された経験の有無,あるいは強弱により個人あるいは集団(共同体)の抵抗力と免疫の水準の高低差が様々となった。この結果,共同体(民族)間においてある感染症に対して抵抗力,あるいは感受性を持っているか持っていないかという集団間での格差が生まれた。文明の発達とともに豊かさを求め,あるいは領土拡大のために遠方へ遠方へとヒトの行き来が激しくなるにつれて,ある民族にこれまで経験したことのない感染症がもたらされることに遭遇した。これまで感染の経験がなく免疫を獲得していない民族にこの未知の感染症が襲った時には多数の死者が出てこの民族が,文明が崩壊することもあった注1。一方,民族が滅びれば病原微生物の生存がここで断ち切られるので,この病原微生物は新しい環境(人体内)で生き延びるため適応進化の結果,小児期のみに感染し流行する「小児病」―例えばポリオ,風疹,麻疹,以前の天然痘など―として共存を計る流行病として存在するようになった。
 病原微生物,特にウイルスや細菌が変異しなければ感染は流行病として留まっていたであろう。しかし,ウイルスや細菌は変異することにより免疫反応に耐えることができ,その結果,先祖よりも強い感染力を持つことになった。さらには現代の交通網の発達や環境破壊,そして気候変動など社会的,自然的要因により,感染は地球規模に拡大し感染爆発(パンデミック)を引き起こすようになった。
 過去,人類は記録に残るものとして5度のパンデミックを経験して,その度に個人と国家の危機から守る対策を学んできた。その多くは今日でも採用され補強され,追加されて生命の危機のみならず社会・経済活動の変容を乗り越えてきた。しかし,2019年12月末に中国,湖北省武漢で端を発した新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)は生命の直接の脅威はある程度抑えられてきたものの,いまだに収束せず社会・経済活動に深刻な影響を与え続けてきている。COVID-19は,あらゆる防御対策を乗り越えて猛威を振るったのは何故なのか? 新たなる対策を求める材料として人類がこれまでのパンデミックにおいて学んだ事々を検証するのは意義あることと思われるのでそれを解説する。
 

シリーズ EQUATOR Networkが提供するガイドラインの紹介

― CONSORT 2010声明: ランダム化パイロット試験およびフィージビリティ試験への拡張版(2)―

鈴木 直子 (SUZUKI Naoko),野田 和彦 (NODA Kazuhiko),波多野 絵梨 (HATANO Eri),金子 拓矢 (KANEKO Takuya),中村 駿一 (NAKAMURA Shunichi),LIU XUN 1,LAI RICHARD SUN-KWONG ,柿沼 俊光 (KAKINUMA Toshihiro),馬場 亜沙美 (BABA Asami),山本 和雄 (YAMAMOTO Kazuo)

Introduction to Guidelines Provided by the EQUATOR Network.
— CONSORT 2010 Statement: Extension to Randomised Pilot and Feasibility Trials (2)—
Keywords: CONSORT 2010 statement, clinical trial, clinical trial report, randomization, pilot trials, feasibility trials
 
Authors: Naoko Suzuki1)*, Kazuhiko Noda1), Eri Hatano1), Takuya Kaneko1), Shunichi Nakamura1), Xun Liu1), Richard Sun-Kwong Lai1), Toshihiro Kakinuma1), Asami Baba1), Kazuo Yamamoto1)
*Correspondence author: Naoko Suzuki
Affiliated institution:1) ORTHOMEDICO Inc.
 
前回(New Food Indust. 2023 Vol.65 No.1)に引き続き,EQUATOR Networkが提供する「CONSORT 2010声明: ランダム化パイロット試験およびフィージビリティ試験への拡張版」を紹介する。今回は,チェックリスト項目1 ~ 5について,注意点や実際の記載方法について解説する。
  

連載解説

モロコシ,Sorghum: 特殊タイプ

瀬口 正晴(SEGUCHI Masaharu),楠瀬 千春(KUSUNOSE Chiharu)

 モロコシの遺伝子の多様性には本当に驚かされる。いくつかの品種は見た目が異常で,最近まで別種として分類されていた。しかし,これらの品種はすべて互いに容易に交配し,染色体の相補性はすべて2n=20であり,今日ではすべて同じ植物,Sorghum bicolorの変種として認識されている。同義語には,Sorghum vulgare(種全体),Sorghum caffrorum, Sorghum caudatum, Sorghum conspicuum, Sorghum arundinaceum, Sorghum dochna, Sorghum durra(現在亜種または「種」と考えられているもの)が含まれる。一般名は何百もあり,広く使われているものに,ギニアコーン,ジョワー(インド),カオリャン(中国),カフィールコーン,マイロ(アメリカ),ソルゴー,マイシロ(中央アメリカ)などがある。変わったタイプの多くは,それ自体が有望な資源である。あるものは,穀物としては全く予想外の性質と用途を持っている。その中には,現在の主要なモロコシよりも,はるかに優れた穀物を生産する可能性を秘めたものもある。また,全く新しいタイプのソルモロコシ食品を提供する可能性のあるものもある。また,餌,飼料,肥料,繊維,燃料,砂糖,各種工場用原料を生産できるものもある。このように様々な種類の植物から,この驚くべき種の大きな可能性を見出すことができる。以下,有望だがあまり知られていない食品タイプの例について説明する。
 

コーヒー博士のワールドニュース

 年を取ったらコーヒーを飲みなさい

岡 希太郎

 日本はお茶文化の国ですから,年を取るとお茶を飲む人口が増えるようです。インターネットで治験マッチングサービス「ボランティアバンク」を運営している株式会社ヒューマでは,飲み物の嗜好性を調べるため,会員を対象に「よく飲む飲み物について」のアンケートを行いました。550人の調査結果を図1に示します。世代毎に良く飲む飲料の種類がはっきりと異なることがわかります1)。
 

海外リポート
植物性肉市場ソース別(大豆,エンドウ,小麦),製品別(ハンバーガー,ソーセージ),地域別情報-2031年までの予測

Straits researchの記事Plant-Based Meat Marketより

 植物性肉のTotal Addressable Market(TAM)は,2022年に60.5億米ドルと評価されました。予測期間中(2023年~2031年)の年平均成長率は14.3%で,2031年には246億4000万米ドルに達すると推定されています。「植物性食肉製品」とは,動物性食肉の代替品として,植物のみを原料とし,その中心的な考え方としては,動物性食肉製品の消費を植物性食肉の代替品に置き換えるということです。また,オーガニック食品は,脂肪,タンパク質,ミネラル,ビタミン,水分など,動物性肉に不可欠な栄養素をすべて備えています。植物性の肉は,味,香り,見た目が動物性の肉と同じになるよう技術的に工夫されているものも数多くあり,動物性タンパク質を一切摂らない菜食主義者の間では,植物性の肉が一般的になってきています。健康や倫理的な理由から菜食主義に傾倒する消費者もいれば,環境への影響を軽減し,食品産業における動物虐待をなくすためにベジタリアンを選択する消費者もいます。

 

   

連載 世界のメディカルハーブ No.8

リンデン

渡辺 肇子WATANABE Hatsuko

 リンデンはヨーロッパ原産の大きな落葉樹で,30mを超えるものも珍しくありません。一般的な街路樹であり,ベルリンの大通りウンター・デン・リンデンの並木道はよく知られています。リンデンはフユボダイジュ(Tilia cordata)とナツボダイジュ(Tilia platyphyllos)の自然交配による種で,近縁の日本固有種はシナノキ,中国大陸原産の種はボダイジュです。シナノキの花はリンデンと同じように,質のよいはちみつの蜜源であり,両者の樹皮は繊維として利用されます。またボダイジュは釈迦がこの木の下で悟りを開いたされますが,釈迦の樹はインドボダイジュ(クワ科)で,中国大陸では熱帯産のインドボダイジュの代用としてボダイジュを用いてきました。